第三章 苦悩 第7話
すると彼は言いました。
長子の権利?オレは今、腹が減って死にそうなのに、腹の足しにもなんねえ長子の権利がなんだってんだ。
ここで安心してはいけません。チャンスは一度きりです。念には念を押す必要があります。私はもう一度確認しました。
兄貴、長子の特権をヤコブに売ると誓ってください。
予想通り彼は怒りだしました。ああ、誓う、誓うよ。長子の権利なんてお前が持ってけ。だから、早くそれをよこせってんだよ。
その瞬間、私はどれほど嬉しかったか知れません。パンや煮物を放り出して走り回りたい気持ちでした。しかし、落ち着かねばなりません。慎重に事を進める必要があります。エサウが私に長子の権利を売ったのですから代金を支払わなければなりません。もし、そうしなかったら契約自体が成立しないからです。私が彼にパンと煮物を渡して初めて長子の権利を得することができるのです。
私は新鮮な焼き出てのパンと真っ赤なレンズ豆の煮物を丁重に差し出しました。エサウは私の気持ちも知らず瞬時に平らげたと思ったら感謝の言葉もなく消えていってしまいました。
ああ、ヤコブ。そうです。私の名前はヤコブ。かかとという意味です。エサウから長子の権利を奪うため、胎内から出てくるときにつかんだ、彼のかかとから付けられた名前です。そのヤコブがついに志を遂げたのです。生まれたときから渇望していた夢をようやくかなえたのです!
だからといって何かがすぐに変わるわけではありませんでした。依然として父はエサウを愛し、彼の獲ってきた獲物を好んで食べました。これを、エサウが父を愛していたからだとは考えられません。彼が愛したのは狩りでした。彼が愛したのは自分自身でした。そうだ、そういえば彼が愛していたのがもう一つありました。
父イサクはエサウが長子の権利を私に売ったという事実を知らずにいました。それは、エサウがその事実を父に知らせなかったからでもありました。私だって野暮ではありません。そんなことを父に話す必要など全くなかったのです。権利の譲渡は父の承認が必要なのではなく、エサウの愚かな選択によって既に成就されたからなのです。
父はずいぶん前からの結婚について考えました。私たちは双子の兄弟でしたから、私も当然エサウと同い年だったのですが、父は自分が愛するエサウの結婚を優先していたようです。父の頭には、母を得た年齢である四十歳を念頭に置いていたようでした。私たち兄弟が四十になる年は、父イサクが百歳を迎える年でもありました。祖父アブラハムを慕った父は母リベカを得たときに倣ってエサウの奥さんを見つけようとしました。
ハハハ。ところが、この愚かなエサウがしでかしたことと言ったら。
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